「ただいま」

誰の声もしない。
誰もいない。
家主、西岡春香は、ため息をつく。

(そうだった)

無造作に積んだ段ボール箱。
出しっぱなしの食器。
放り投げられた衣服。

少女は、一人になった。

父は愛人の元をふらりふらりと行ったっきり、帰って来ない。

帰って来ない夫と、無神経な愛人に心を傷めた母は、心労で亡くなってしまった。

そうして、愛人を家に迎えようとした父に見切りをつけ、一人暮らしを始めたのである。

「ただいま」

誰も返してくれないことは、分かっている。
写真立ての中の母は、微笑んではくれない。