そのとき、食事を終えた岸さんが後ろを通りすぎた。
 顔は見えなかったけれど、気配が笑いを含んでいた気がする。

「あ、わかった」

「今度はなに」

「堂々とそばにいる方法」

 さすがに小声になった。
 岸さんが私といたいと言ってくれているのだから、私もそうだと言えばいい。岸さんのそばにいたいと伝えればいい。


 へーえ、と穂佳ちゃんは私の顔を見てにやにやする。

「クリスマスに照準を合わせて?」

「そんなんじゃないけど」

「相手がいるだけでもいいと思ったら? いいじゃないの社内恋愛。私なんか出会うとこからはじめなきゃだよ」

「そんなんじゃないけど」

「……鎌かけには引っかからないかー」


 好きな人がいるとかいないとかを穂佳ちゃんに話したことはなかった。
 あてずっぽうで社内恋愛を持ち出すあたり、油断ならない。

「大体、昼時の食堂でそんな話するもんじゃないでしょ。しちゃだめとは言わないけど、誰が聞いているかわかったもんじゃないし」

 食堂は早い時間帯に済ませる一団が席を離れ、次の面々がまばらに座っていた。私たちもそうだけど、同じ席に座ることが多かった。

「退屈してる人たちが面白がってあることないこと話して、噂が一人歩きしそう」

 とはいえ、この時間帯に残る面々は食べながらテレビを眺めているか、居合わせた人と差し障りのない話をしているか、そんな様子だった。
 この場に限って言うなら、私の横にいるこの人が一番の危険人物だった。