「そういえば、今日はバイクじゃないんですね。車検?」

「じゃないよ」

 車検の単語がツボにはまったのか、岸さんは車検、車検と繰りかえし呟きながら車に乗りこんだ。私も乗った。

「バイクがよかった?」


 私は返事に迷った。バイクだと二人乗りになるから岸さんにくっつくことができる。
 真っ先に浮かんだのはそれだった。
 私を一瞥してから岸さんは車を発進させた。

「いつも機転を利かせてなにか言うのに、珍しい」

 
 カーステレオからは軽快なリズムのJーPOPが流れた。来るときも聴いていたCDで、あの日曜日の帰り道に車にあったなかから私が選んでかけたものだ。そのまま入れっぱなしになっていた。

 聴いているとまるであの日の続きのような気持ちになった。岸さんがいろいろ考えてくれて、私も楽しかった“ご褒美”の一日。
 そうだ、あれはご褒美だ。あれはあれ、今日は今日。
 岸さんの誠意を、勘違いしてはいけない。


「違うのかけていいですか。ラジオとか」

 返事の代わりに岸さんの手がオーディオ機器に伸びた。雑音の少ない局から聞こえてきたのは、大所帯女性アイドルのラブソング。
 駆けだした恋がどうとか、背中に抱きついてどうしたとか、はぐれないで寄り添っていたいとか……。
 ごめん! 身に覚えある!
 くすぐったくて聴いていられん!!


「あ、あの、別のやってないですかね。英会話でもなんでも。落語でも」

「どうした急に。文化の秋?」

 オーディオをいじりはじめた私に、岸さんが不思議そうな声で言った。