お開きにしましょう、と言ったのはわたしだ。
 宣言通り、タクシーも頼んでもらえたことで安心したのかもしれない。
 促されるまま車から降りて、目を疑った。ホテルのまえだった。

「大丈夫? 立てる?」

 支えられているのか引っ張られているのか。私に絡むその腕を振りほどくことができない。絨毯が柔らかくて踏ん張りがきかない。

「しっかりして」

 猫山さんの湿った息が耳にかかり、不快に感じる。
 ん……? 絨毯? ホテルのまえを通っただけなのに絨毯?

「わ」

 前方にエレベーターがあった。もうホテルに入っていた。
 道理で寒くないわけだ……なんて感心している場合か! 
 記憶飛んでるし!


 猫山さんがエレベーターの上のボタンを押した。

 私はその腕を、ボタンが押されるのを止めようとしたんだけど、全然間に合わなかった。
 宙ぶらりんに伸びた私の手は、逆に相手に絡めとられてしまう。引き寄せられて肩を抱かれ、密着度が増す。
 無言が怖い。

「あの、そこのお手洗いに、寄りたいです。飲み過ぎて」

 観葉植物越しにトイレのマークが見えた。