仕事の日は染料で汚れても困らないよう、私はいつもジーンズやパンツにスニーカーという格好だった。
 宏臣の婚約者さんが来ていたようなふんわりお嬢様ワンピなんか持っていない。

「いいよ」

 岸さんは言った。私の手からヘルメットを取る。

「また誘うから連絡先教えてよ」


 岸さんは傷心のまっただなかにいる私を慰めなかった。
 また誘うと言った。
 それを嫌じゃないと思っている自分にびっくりした。

 傷は残ったままだ。
 作業場の片隅にある宏臣の反物を見れば、心がちくちく痛む。

 なのに私は、あわよくばまた岸さんのくれるあの居心地のよい時間を過ごしたいと思っていた。