和室に岸さんの手がけた訪問着を広げた。
 生地の色は薄桃色を基調とし、淡い抹茶色や茶系色の山なりのぼかしが入っている。柄は草花に流水、唐草と七宝も散りばめられている。
 サンプル入荷していた箔を使わせてもらえたそうで、試行錯誤も楽しかったそうだ。


 箪笥の肥やしになっていた母の帯を半分に折ってあてがい、岸さんとあれこれ言いあっていると、微かに私を呼ぶ声が聞こえた。
 襖のところで母が私を手招きしている。


「入ってくればいいのに。自分の家だし、自分の帯なのに」

 母の元へ行くと、内緒話でもするつもりなのか、岸さんに聞こえないところまで引っ張っていかれた。

「あんた、あんないい着物もらってどう返事するつもりなの?」

「返事ってなに。ありがとうは言ったよ」

 そんな話してるんじゃないよ、と母は険しい顔をしている。

「びっくりするじゃないの。挨拶ってそんな改まった話だとは思わなかったから、お母さんこんな普段着で出ちゃって……」

 眉を寄せ、顔に手を当てている。

「うん。改まった話じゃないから、お母さんの服がどんなだろうと別に構わないんじゃない? お母さんの服に用があったわけじゃないんだし」

 そう言ったら母は人の顔を見ながら盛大にため息をついた。