物色していいと言われた本棚から画集を選んでいると、派手な色の冊子が目に飛びこんでくる。
 岸さん岸さん、と描いているのにその肩を叩いた。あっぶね、と岸さんは手を休めた。反物の下の電熱器も止めている。


「引っ越しを考えているんですか」

 見つけたのは無料配布の住宅情報誌だった。それも二冊。関心がなければもらわないはずだ。
 岸さんはそうだと認めた。職場を変えたし、マンションの更新時期に合わせて転居してもいいと思っている、と。
 確かにこのマンションは前の会社に通うにはいいけれど、新しい会社へは少し遠い。


「越すとして、早くていつです?」

 勝手に住まいを決めた宏臣のことが頭を過ぎった。慎重に問いを重ねると、岸さんは少し考えて答えを返した。

「更新まで半年ちょっとあるし、この反物も仕上げたい。急がないが、どんなに早くても十一月とか。越さない方向も含めて、これから考えるところだ」

「探すの、私もついていっていい?」

「いいよ」
と間髪入れずに言ってくれ、私も胸を撫でおろした。

 けれどもまたふつふつと浮かんでくるものがあった。
 私が新しい住まいになにか意見を挟んでいいのか、そういうのを岸さんは嫌うタイプなのか。個人の住まいなのだから、求められたら言うくらいでいいのかもしれない。でもそれは、私のついていく意味があるんだろうか。
 だめだ、忙しいからと連絡を避けて以来、不安になる癖がついてしまっている。