私は、黙って住まいを用意した宏臣の発想に近いものを感じていた。あそこまでひどくはないものの、夢中になって会えなくなって私が不安がっていることに思い至らないあたりが。

「とりあえずシャワー浴びてくるけど。……帰りたい?」

 前を横切った岸さんに聞かれ、首を横に振る。伝わらなかったのか、岸さんは返事待ちのようにじっとしている。

「帰りたくないです」

 ぽん、と頭に手を置いてから岸さんはシャワーに向かった。今日二回目の頭ぽんだな、と思った。



 考える時間をもらえたのはありがたかった。

「思っていたより深刻な状況ではない、というのはわかりました」

「俺も、君がそこまで思い詰めているとは思わなかった」

 順番にシャワーを浴びて部屋着に着替えて、水を飲みながら話した。
 気まずいくらい会えていなかったのに、事情がわかるとなあんだと受け流してしまえるから不思議だ。私が悪いのでも仕事が悪いのでも心変わりでもなく、本当によかった。
 岸さんはというと、さっきまでの気落ちから復活して、どちらかというと嬉しそうにときどき私を横目で見ている。
 指摘すると、ふっと息を漏らして微笑んだ。笑みを漏らすこと自体、珍しい。

「帰りたくない、って君が言ったから」

 え、あ、と私は口ごもった。

「私が帰らないの、嬉しい?」

 岸さんが静かに頷いてくれる。

 それにしても岸さんは手が届くか届かないかの距離に座ってしまっている。私から近づくのは変だろうかとそんなことを考える。

「風呂から出たら君が帰ってた、って淋しい状況だと思わない?」

「メモくらい残します」

「それもどうなの」

 ここにいるだけで喜んでくれている。
 昨日の今頃からは予想もしない展開に、私は気持ちの全部を持って行かれっぱなしだった。もう岸さんから目が離せないでいる。

 なのに岸さんは後ろに手を突いて床に座ったまましみじみと、
「君ならやりかねないな」
などと言う。
「そういうところも好きだけど」
などと言う。