パソコンのようにシャットダウンで見られなくなるものならいい。けれども描きに使う反物は違う。床に設えたテーブルに数十センチかけた状態にしておくことが多い。伏せた図面で柄を隠しておけばいいかもしれないけれど、人をむやみに立ち入らせないようにしたほうが早い。
 仕事をするから部屋で会えないというのなら、いつになったらそれは終わるのかとまた新たな心配が浮かびあがった。

「来て」

 ぐいと腕を掴まれ、つんのめる。岸さんの引く力が強くて、履き物を揃える暇もなく部屋に上がらせてもらった。


 部屋の片隅に私のよく知る描きの道具一式が置かれていた。組み立て式の簡易の専用机には薄桃色の反物が掛けてある。柄の部分は、見えている範囲ではあまり塗られていないようだ。

「……で?」

 さらっと眺めるだけにして、これがどうしたというのだと岸さんを見る。

「仕事じゃないよ。俺が描きたくて描いてる。作りたくて作ってる。結衣ちゃんに贈ろうと思ってはじめた」

「私?」

「できあがってから見せようと思っていた。完成するまでは見せたくなかった。本当に」

 岸さんは形の残るものを私にプレゼントしていないと気づいて、せっかくなら着物をと考えたのだという。着飾るのが好きそうだし仕事柄着る機会もあるし、悪くないアイデアだった。普段と違い、売れ筋や売価を意識したコストを考えずに一点ものを作り上げるのも楽しかった。
 だからこそ完成型を見せたかった、と岸さんは落胆の色を隠しきれない。