ねえ、と私は言うか迷っていたことを口にした。

「岸さん、今日ちょっと様子が違わない?」

「なにが?」

「弾けているというか、パリピみたいっていうか」

「パリピ」

「リミッター解除されてるというか、やりたい放題というか」

 岸さんが雑誌から目を上げた。

「悪いと言っているわけじゃないよ。ただ、いつもと違うかなって思っただけ。私の気のせいかもしれない」

「当たってるよ」
と、岸さんは言った。テレビもつけていない室内にその声が静かに響いた。

「やっと結衣ちゃんが解放されたんだな、と思って。終わったんだなって。あの彼がいつか君をさらっていくんじゃないかと、俺はいつも気が気ではなかった」

「まさかあ」

 岸さんは笑わなかった。まず宏臣が私に鞍替えすることがあり得なかったし、そっちに私が流されることも起こりえないのだけれど、岸さん的にはそういうことではないのだろう。
 不安は不安。そういうことなんだろう。

 私は座っていた椅子を引きずって岸さんの椅子の横に移動した。それから座り直すと、岸さんの手に自分の手を重ねた。

「こうしているだけで幸せなんだけどな」

 すると、重なった手がくるりと反転して握り返された。
 まるで返事みたいで胸がときめいた。だけど、知らん顔を作って水を飲んだ。そのうちに眠ってしまった。幸せだったのだから仕方ない。