別に引っ越すわけじゃないから、と岸さんはあっさりした物言いで最後の出勤日を迎えている。
五月末の雨の日だった。
夜に長電話をした。お疲れさまでしたと労うはずだった。
「だって、もう会社じゃ会えないんだよ」
『うん』
「私はもっと一緒にいたかったです。岸さんの手がけた柄の描きをしていたかった。なのに春からは私、外出することが、教室に教えにいくことが多くて、友禅課に来た岸さんを見られなくなっちゃって」
言っても詮のないことだった。わかっていながら、口をついて出る言葉が止まらなかった。
「岸さん、なんで辞めちゃったんですか。戻ってきてくださいよ」
『でも名取さんとつきあうのはやめないから』
「え」
『つきあうのはやめない』
「そうか……そう。そうですよね」
改めて言葉にされて、それがすとんと胸に落ちてくる。
岸さんがつきあいを続けると言ってくれるのなら、別に問題はないような気がしてきた。
今度の会社では仕事の中身はほぼ同じで福利厚生がよくなるらしい。それに、主任からスタートなのだとか。
それを聞いて、岸さんも自分の仕事をもっと評価してほしかったのかなとふと思った。今までの会社に居続けたとしても、同じ課に年長者の役職者が大勢いることもあり、なかなか昇格しづらい環境ではあった。
男性の働き方は女性とは違う。もっとシビアに現状を見ている。
五月末の雨の日だった。
夜に長電話をした。お疲れさまでしたと労うはずだった。
「だって、もう会社じゃ会えないんだよ」
『うん』
「私はもっと一緒にいたかったです。岸さんの手がけた柄の描きをしていたかった。なのに春からは私、外出することが、教室に教えにいくことが多くて、友禅課に来た岸さんを見られなくなっちゃって」
言っても詮のないことだった。わかっていながら、口をついて出る言葉が止まらなかった。
「岸さん、なんで辞めちゃったんですか。戻ってきてくださいよ」
『でも名取さんとつきあうのはやめないから』
「え」
『つきあうのはやめない』
「そうか……そう。そうですよね」
改めて言葉にされて、それがすとんと胸に落ちてくる。
岸さんがつきあいを続けると言ってくれるのなら、別に問題はないような気がしてきた。
今度の会社では仕事の中身はほぼ同じで福利厚生がよくなるらしい。それに、主任からスタートなのだとか。
それを聞いて、岸さんも自分の仕事をもっと評価してほしかったのかなとふと思った。今までの会社に居続けたとしても、同じ課に年長者の役職者が大勢いることもあり、なかなか昇格しづらい環境ではあった。
男性の働き方は女性とは違う。もっとシビアに現状を見ている。

