耳元で言ったら、瞬時に岸さんに引き剥がされた。
 それだけじゃない。信じられないようなものを見る目で見られた。

「この状況で煽るか? 人がどれだけ我慢してると……」

 まだ唇にキスの感触が残っている。
 無意識に指で触っていたみたいだ。

 そんな私を岸さんはいつもより緩んだ顔つきで眺めている。
 微笑んでいるようにみえた。
 岸さんのこんな表情、初めてかもしれない。

「もう一回」
と岸さんが言い、再びキスをされた。
 さっきよりも肩の力を抜いて受け入れたのも束の間、そのキスが突如深いものに変わった。

 私はびっくりした。
 もう一回なんてものじゃない。熱っぽさも強引なところもまるっきり別物だった。
 岸さんが時折短く息をついていて、色っぽい。などと片隅で考えようものならそっちじゃないとばかりに違う角度で唇が追いすがり、なにがなんだかわからなくなる。

 気づいたら頭を撫でられていた。
「帰るか」

 車が動き出してからも、しばらく心臓が激しく音を立てていて落ち着かなかった。