余り灯りの注さない暗い雰囲気の店内には年代物の古書や落ち窪んだ薄い色のよくわからない本が所狭しと並んでいた。ゆっくり奧に進んでいくとカウンターに一人の白い髭を蓄えた老人が葉巻をくわえながら焦点の合っていない目で虚空を見ている。店内に入ってきた由良に気付いた老人は何も言わず、カウンター下から取り出した分厚い一つの本を由良に向けて言った。
「これを持っていきなさい」
 穏やかな声だが反論を許さないと目の奥が言っているような気がして、由良は黙ってその本を受け取った。そしてすぐに、老人は奥の部屋へと引き上げたのだった。
 頭の中で回想しながら家のまでいき、扉を開けて中へ入った。
 リビングに行くとテーブルの上にメモ書きが置かれているのを見つけて取る。柚燐からのようでメモ書きの内容はスーパーまで食材ね買い出しに行ってきますと、丸みを帯びた字で書かれていた。
 柚燐が帰ってくるまでの間、白い髭を蓄えた老人から貰った本を洋室の机の引き出しから取り出した。
 ベッドに腰掛け表紙に記されている題名を指でなぞりながら読み上げた。
「……綴る本」
 漠然とした題名に思わず由良は首を傾けた。題名から内容の予想を汲み取るには些か曖昧な題名なため無理にちかい。
 考えた所でわからないならさっさと一ページ目を捲る。
 すると何も書かれていない白紙のページだった。少し拍子抜けを感じ、そういことかと納得する。綴る本とは要は持ち主が小説なり研究データなりを記すためのノートみたいな役割で、ただ形が違うだけのようだ。
 何か書きたいこととかはない由良には必要の無いものだった。
 使用せずに由良が本を閉じようとした瞬間、突然白紙だったはずのページから文字が浮かび上がって来た。
 由良は眉をひそめ訝しげに浮かび上がった文字を見つめ呟いた。
「魔女に会いに行け……」 途端に本から視界を覆う眩しい光が溢れ、洋室を包み込んだ。
 僅かな時間で光は薄れて消えていった。
 そして光が消えた場所には由良はいなかった。