「もう学校の時間だね」
 柚燐が壁に取り付けた時計を見ながら由良に言った。大きく可愛らしいくりっとした瞳が行こうと告げているように由良を見つめる。
「そうだな、行くか」
 二人は洋室の方に置いている鞄を取り、玄関で軽く唇を重ねたあとマンションから出た。
 学校までの通学路を二人は並んで歩いている。そして入学してからいつも通う道すがら由良に対して奇異や好奇な視線などが向けられていた。容姿がやはり周りとは大部違うためだ。
 由良は慣れているので、意に介することなく柚燐に歩調を合わせながらただ前を向いて歩いていた。
 その隣ではチラチラと柚燐は由良の顔色を伺っていた。何処か心配そうに何度も由良に視線を送っている。
「由良。ほら、気にすることないからね」柚燐は手振りを加えて言った。
「気にしてないから心配しなくていい」
 家の中に居たときとは違い、由良の口から出た言葉に感情は籠もっていなかった。アルトソプラノの抑揚の無い声が平坦に柚燐の耳に入ってくる。それを聞いた柚燐は由良に見せないように悲しげな瞳を伏せた。由良の家と外での態度の温度差がはっきり分かるのは柚燐だけに一層悲しく思ってしまう。どうにかしてあげたい気持ちはたくさんあるけれど、どうすることもできないなのかなと柚燐の胸中が何度も呟いた。
 学校まで後少しのところまで近付けば、ちらほらと同じ制服の生徒が歩いている。男子は紺のブレザーに灰色のチェックのズボン、女子は男子と同じ紺のブレザーに赤のチェックのスカート。
 二人は学校の正門を抜けて下駄箱で上履きに履き替えると、自分のクラスに向かう。由良と柚燐は同じクラスである。
 後ろの扉を開けて由良が教室に入ると、さっきまで賑やかな教室だったのが水をうったように静まり返った。全ての視線が由良に向けられる。その視線にまるで気付いていないかのように窓際の一番後ろの席に由良は座る。と同時にまた賑やかな声が飛び交う。柚燐はというと扉の前で立ち止まり何とも言えない表現で口を噛み締めていた。
 始業のチャイムが鳴り、一限目の担当教師がクラスに入って授業を始めた。