そちらを向くと、彩華の少し高い身長と同じぐらいの背の高さで、黒髪で少し目付きが悪い男が彩華をジットリと睨み付けてそう言った。

 彩華も先にナンパをしきた男も唖然として、彼を見ていた。
 

 「おいおい、少年。このお姉さんは俺たちが先に…………」
 「俺の連れだ。勝手に連れてこうとしてんじゃねーよ。………いくぞ」


 そう言い放つと、その黒髪の男はさっさと彩華の手を引いてどんどんと歩いてしまう。
 人混みをずんずん歩いていく。
 その彼を後ろから見ていると、猫っ毛なのかふわふわと黒髪が揺れていた。
 どうして彼が自分の手を握っているのか。
 それはわからないけれど、先ほどの男の人とは違った雰囲気を感じ、彩華はその手を離す事が出来なかった。


 駅の反対方向へと向かい、人混みがなくなったのは、商店街を抜けて少し静かな道になった所だった。


 「よし………ここでいいか」
 「あ、あの…………」
 「あの駅、構内の停電で動いてないんだよ。だから、ライブ終わった客とかが溜まってんの」
 「え………あ、そうなんですね………」
 「あんた、どこに行くつもりだった?」
 「家に帰えるつもりで…………」


 彼に自分の向かう駅の名前を伝えると、その男は「じゃあ、あそこの電車じゃなきゃ帰れないな」と、呟いた。

 そこで、まだその彼と手を繋いでいた事に気がついた。
 ジッとその手を見つめてしまうと、黒髪の男もその視線に気づいたのか、パッと手を離してしまった。
 先ほどまで包んでいた温かい手の感触が突然消えて、彩華は名残惜しい気持ちになってしまい、空いた手を見つめた。