慌てた彩華の口から小さな声が漏れた。
 けれど、葵羽は気にせずに指でその滴を掬い上げると、哀愁が漂う表情で微笑んだ。


 「ありがとうございます。彩華さんの初めての相手になれて光栄です。………彩華さん、また神社に遊びに来てくださいね」
 「………はい」
 「いつまでお幸せに」


 葵羽はそう言うと、彩華の頭に小さく口づけを落とした。彩華は驚き目を大きくして彼を見つめた。けれど、彼はにっこりと微笑んだ後に、背を向けて夜道を歩いて行く。

 彼の告白を断ったのは彩華自身だ。
 だけれど、また涙が頬をつたって落ちる。

 もう、涙を拭いてくれる彼はいなくなってしまった後。涙の滴はあっという間に冷たくなった。



 



 その日は葵羽の事を考えながら眠った。
 
 彼と出会った秋の日。
 そして、子ども達と楽しそうに話をする葵羽。そして秋祭りの彼の舞。

 どれも素敵な思い出で、彩華こそ「ありがとう」と言いたかった。
 けれど、もう彼とはその話しはしない事はわかっていた。

 きっと会えば仲良く話して、いつもの優しい笑顔を向けてくれる。
 けれど、そこには昨日までとは違った関係が待っている。


 松ぼっくりを見る度に、彼を思い出すのだろう。
 愛しいという気持ちを教えてくれた初恋の相手を。


 「葵羽さん」


 その好きは、少し前とは違う名前に聞こえた。
 けれど、とてもとても温かい気持ちになる。

 自室で一人彼の名前を呼んだ。
 少しだけ、出会った日の秋の風を感じた。そんな気がした。