こういう時の情報の速さは異常だ。
異常すぎる。しかも正確な情報はどこかに飛んでしまう事が多いらしい。
僕はその時それを知った。

駅前近くの交差点で車と自転車との事故

病室のスライドドアがガシャンと大きな音をたて開いた。
「阿崎!」
大声で汗を多量にかきながら息を切らし、そいつはやって来た。
彼奴の目にはシーツをすっぽりかぶり、ベッドに横たわる僕の姿が目に入る。
その姿を見て唖然としたように
「馬鹿野郎! 俺らまだ大学3年だろ。まだ大学に入って3年しかたってねぇのに」
その後かそぼい女性の声で「嘘」と呟く様に言う声が聞こえた。
ぐしゃっと何かを落とし、僕のベッドに駆け寄り
「嘘でしょ。どうして? 亜崎君どうして……。」
あふれる涙がシーツの上に落ちた。
うとうとしていたが、あの宮村の大声でその眠気も冷めてしまった。

しかしこいつら、何か大きな勘違いをしているのでは?
勝手に人を殺さないでくれよ! 頼むから。

反応しようにも体中が痛くて思う様に動かない。
もそもそと手を動かし、目の前で泣いている彼女のスカートに触れた。
「う、ひっ! きゃぁ――」
あの宮村より大きな音量で悲鳴があがった。
「どうしたんですか部長?」
「み、宮村君。手、手が……」
「手がどうしたんですか?」
そう言いながら宮村は部長のスカートをつかむ僕の手を見て、その手をつかんだ。

「あのなぁ、お前ら勝手に人を冥途に送られちゃ困るんだけどな」

「その声、亜崎君? い、生きていたの?」
宮村がかぶっていたシーツを剥ぎ取るように奪い取る。
「よ、宮村。見舞いご苦労さん」
「ば、馬鹿野郎! 生きてんだったらそんな恰好で寝てんじゃねぇよ。亜崎」
「仕方ねぇだろ。体痛いからカーテン閉めるのもめんどいし、シーツかぶって眩しさしのいでたんだよ」
「本当に生きているのよね、亜崎君」
「見てくださいちゃんと足あるでしょ部長」
彼女はホッと肩をなでおろし「はぁ―」と深くため息をついた。
この大声のうるさい奴は、宮村孝之(みやむらたかゆき)。僕とは学部は違うが同期入学の、唯一今の僕の親友と呼べる奴だ。
そして彼女は僕の一つ上の先輩、有田優子(ありたゆうこ)。僕と宮村が在籍している文芸部の部長。しかもすでに作家としてデビューしている。

正直言って部長まで駆けつけてくれるとは思ってもいなかった。
「宮村はともかく、まさか部長まで来てくれるとは思ってもいませんでした。御心配おかけいたしました」
有田優子は少し照れ臭そうに
「ぶ、文芸部の部長として当たり前でしょ。部員が事故に遇ったって訊いたら駆けつけるのは当たり前でしょ。それに……」
最後に何か言いかけようとしていたが、宮村がそれを(さえぎ)った。
「あのなぁ、俺はともかくとは何だよ。駆けつけて当たり前だって言うのかよ。こっちだって色々と忙しい身なんだからよ。無事ならお前が連絡くらいよこせよな」
「あははは、確かにそうだな。すまん宮村お前にも心配かけて。おかげさまで、軽い打撲と頭に(かす)り傷程度。念のため3日間の入院だそうで、後何ともなければそれで終わりらしい。でも僕の代わりに愛車の自転車は、自から犠牲になって代わりに天国へ行ってしまったらしい」
少し気を落として言うと
「なぁに、自転車はまた買えばいい。命あってこそだからな。まったく悪運だけはやっぱり強いな、お前は。わははは」と、声をあげて笑う。
全く此奴の声は特に響くな。


「ねぇ、沙織(さおり)。隣の部屋誰か入ったみたいだけど、ちょっとうるさすぎない?」
「いいんじゃないの。賑やかそうで」
ベッドの上部を上げて本を読みながら我関知せず。と言った感じで返すその言葉。その言葉にはどことなしか力を感じさせなかった。
「私ちょっと注意してくる」
「あ、ナッキ」
沙織が止めようと声を出したが、すでにナッキは部屋を出ていた。
がらっとスライドドアを開け

「ちょっと、隣の病室にいるんだけど、あなた達の声デカくてうるさい! ここは病院。もっと周りに気を使って静かにして」

少し怒鳴り気味に、足を一歩踏み込ませた時。
グシャ……
何かを踏みつけた音がした。
ゆっくりその足を見つめると、ケーキが入っていそうな箱が自分の足の下にあるのを見て。
「あ!」と一言漏らして、そう―とその足を上げた。
僕らはその様子をただ唖然(あぜん)として見ていた。
「ど、どうしてこんなところにこんなものがあるのよ! わ、私のせいじゃないからね」
ゆっくりとドアを閉めて彼女は姿を消した。
「なぁうるさいんだってよ宮村」
「お、おう。すまん」
「ところであの箱は?」つぶれ、床に置かれているその箱を指さして
「あの、これ、私お見舞いで持って来たプリンなんだけど。気が動転しちゃって落としちゃって」
そのつぶれた箱を部長は僕に差し出した。
「あ、ありがとうございます」まぁ、形はどうあれ気持ちだろう。感謝の気持ちは言っておかねばならんだろう。
申し訳なさそうにする彼女に「あ、ほら、二つは無傷だ」4つあったプリンは二つは無残な姿に変わっていたが、奇跡的に二つは何とか原型を保っていた。
「本当にありがとう」
部長の顔を見つめながら礼を言う。
「馬鹿、そんなに見つめれれるとこっちが恥ずかしいでしょ。私もう帰る。亜崎君も大丈夫そうだし、私もこれから講義があるから」
部長の耳たぶが真っ赤になっていたのはなぜだろう? 
「まっ、それじゃ俺も帰るとするか。またあの女怒鳴り込んできそうだからな」
「そうしてくれ! 宮村」
「それじゃ、何かあったら連絡くれよな」
「ああ、分かった。愛奈(まな)ちゃんにもよろしく伝えておいてくれ」
「おう!」と片手を上げ、宮村と部長は病室を出た。

静かになった病室に一人残された僕は、まだ体中の痛みが治まらないでいた。