「…君の名前、なんだい?」

 

「私の名前?」

 

そういえば、名前なんかあったっけ。随分と呼ばれてないから忘れてしまった。でも何かあったような。…

 

「名前…あっ、ユキ…だった気がします」

 

「ふん、ユキかあ…いい名だね」

 

むかしむかし、私の主様が付けてくれた名前。大好きで大好きで堪らなかった主様。今はもう会えないけど。どこにいるんだろう…。

 

「僕はジルド・レイ。レイって呼んでくれたら嬉しいよ」

 

口角を上げて話す彼の目には眼光がない。何を考えているのかわからない。


「それじゃあ、味見したことだし…僕はもういくよ」

 

「えっ」

 

寂しくなる、また凍えてしまう。この今少しでもある温もりが…消えてしまう。

 

「行かないでっ…」

 

思わず、彼が羽織っていたマントの端をクイッとつかんでいた。

 

「っ…!?」

 

見上げれば、逆光に照れされて影がかかっていた彼の顔は驚きを隠せないような顔をしていた。

 

「…まだ、そばにいて…ください」

 

私は何言ってるんだって思うけど、まだ暖かい空間にいたいから。心の内から溢れ出る感情を言葉に乗せる。

 

「…まったく、君は寂しがり屋さんかな?」


そう言うと、バッとマントの中に入れてくれた。とても暖かい。急激の安心感が眠気を誘う。

 

「…名前の通り、君の体は冷たいね。…布越しでも体温が伝わってくるよ」

 

レイの暖かな体が私をギューッと包む。気持ちよくて、私は目を閉じた。ポカポカと体の芯から温まる。

 

「…君のことはいつも耳にしていたよ。この街の人々が散々言っていたからね」

 

「そう、なんですね」


 
「まさか、こんな暗くて冷たい所に閉じ込められていたとは。ここの人間は残酷極まりないね」


 
「…そうですね」



「まあ、今はそんなこと忘れて。ぐっすり眠るといい。」


「…血、吸わないでくださいね」


「っ、勿論だよ。寝ている時に襲うのは僕の性にあわない」


笑みをこぼしたレイさんは、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

温もりに溺れきってしまい、私は意識を失った。

 

「これからは、僕がそばにいるよ」



レイの声は優しく落ち着いていて、赤子を寝かせるように背中をとんとんとしてくれた。

「安やかに眠りたまえ、little cat…」