次の日は朝から晴天だった。
 心も自然とウキウキしてくる。
 今日もまた、彼に会える。

「おはよう」
「おはようございます。昨夜はありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったよ。それじゃ、また」
「はい」

 廊下で挨拶を済ませたわたしは、倉庫という自分の居場所に向かった。
 朝一番に彼の笑顔が見られた事に感謝。
 よし、今日も頑張る。

「大野さん、これを総務に届けてくれる?」
「はーい」
 
 チーフが指名したのは同僚のめぐみだった。
 彼と会えるチャンスが一回減った。
 ちょっと残念。
 椎名さん、めぐみにはどんな言葉を掛けるのかな?
 
 しばらくして戻って来た彼女。
 つい作業を止めて見てしまう。
 うん?
 何だか浮かない顔。
 いつもだったら笑顔で戻って来て、椎名さんが声を掛けてくれたってうっとりしてるのに。
 そう。
 めぐみも彼のファンだった。
 彼、いなかったのかな?
 そんな思いで見ていると、その視線に気づいたのか、彼女が近寄って来た。

「どうかしたの?」
「今日の椎名さん、何だか冷たかった」
「えっ?」
「普段ならもっと話をしてくれるのに、書類受け取っただけでさよならよ」
「忙しかったんじゃないの?」
「そっかなー」
「きっとそうよ」
「そうよね? それじゃ、仕事に戻るわ」

 彼女は納得したように作業に戻った。
 彼はどんな時でも優しい。
 特に女性には。
 だからきっと考え事をしていたか何かだ。
 きっと次にめぐみが会いに行った時には、いつもの椎名さんに戻っているはず。


 それから一週間が過ぎた。
 わたしは彼の言葉を真に受け、いつ食事の誘いが来るのかと、首を長くして待っていた。
 思えば贅沢な願いだ。
 彼の告白を断り、友達関係を選んだわたし。
 恋人ではないのだから、そう簡単には会えないよね。

 昼休み、めぐみと一緒に食事をしていると、そばに誰かが立つのが見えた。
 見上げると経理部の先輩、安田真紀さんだった。

「お疲れ様です」
 
 反射的に挨拶をする。
 何だか嫌な雰囲気。
 わたしを睨んでる?
 元々ちょっときつい顔をしているけれど、今はもっと怖い。
 高校生の時の記憶が蘇る。
 わたし、何かした?

「何でしょうか?」
「あなた、純平と付き合ってるの?」
「えっ?」

 怖い。
 体が震える。

「安田さん、何の根拠があってそんな事を聞くんですか?」

 助けてくれたのはめぐみだった。

「彼から聞いたのよ。好きな子がいるって。そこで観察してたら、あなたを見る彼の目が他の人と違ったわ」
「それだけで言ってるんですか?」

 めぐみが呆れたような顔をして安田さんを見ている。
 わたしはただ、おろおろするだけ。
 いつ見られた?
 安田さんは経理部の人だ。
 椎名さんがいる総務部の隣の部屋。
 だから総務部に入った時は安田さんからは見えないはず。
 だったら廊下?
 それでもこの一週間、椎名さんと廊下で話したのは二、三度のはず。
 
「女の勘よ。だけど諦めなさい。彼と付き合っているのはわたし。このわたしなんだから」
「えっ?」

 堪えられなかった。
 わたしは、お弁当箱もそのままに、その場から逃げ出してトイレに駆け込んだ。
 彼女がいたんだ。
 わたしの事が好きだって言ったのは、やっぱり遊びだったんだ。
 もしあそこでオッケーしていたら、彼に抱かれて捨てられたんだ。
 涙がこぼれた。
 わたしは男を知らない。
 だから、ちょっと優しくされただけですぐについて行くような馬鹿な女なんだ。

「清美、中にいるの?」

 めぐみの声だった。

「いるんでしょ? あなた、彼と付き合ってたの?」
「違う……」

 そう絞り出すのが精一杯だった。

「そう。だけど、椎名さんの事が好きなのよね?」
「……」
「椎名さんって女を見る目がないよ。何? あの性悪女。あんな人と付き合ってたなんて心外だわ。そう思わない?」
「……そうね」
「あ~あ、わたし冷めちゃった。せっかくファンだったのに、彼の事嫌いになりそう」

 彼の事を嫌いになる?
 そうね。
 わたしもそうしたい。
 嫌いになって、彼の事を諦めたい。
 それが出来るなら、どんなに楽か。

 わたしは、鍵を開けると外に出た。

「清美、今晩飲みに行かない?」
「えっ? でもわたし達って未成年でしょ?」
「いいじゃん。飲んで忘れよ」


 その晩、わたしは初めて居酒屋でお酒を飲んだ。
 家では父親と一緒にビールを飲んだ事があった。
 チューハイというものもなかなか美味しい。
 レモンとライムとカルピスを試したところで、わたしの頭はグルグルと回っていた。

「清美、もう一杯飲もうよ」
「めぐみ、飲み過ぎーーー」

 散々飲んで、会計が終わったかどうかもよくわからないまま外に出た。
 外はむっとしていて、湿気が体にまとわりついてくる。

「清美ちゃん?」
 
 誰かに名前を呼ばれた気がした。
 そこから先の記憶が無く、気がつけば自分のベッドに寝ていた。