「もちろん嫌いになったとかではないんです」

「じゃあなんで?」

男は身を乗り出して尋ねた。

「もちろん受験のこともありますけど、僕も彼女も医学部に行くのであまり時間が取れないんじゃないかなと。大学も違って遠距離恋愛になってしまいますしね。彼女は医者になってからも癌の特効薬を作るって目標があるので、そのためにはお互い勉強に集中できる環境の方がいいんじゃないかと」

「大学が違うってどういうことだ?一緒の医学部に入ればいいんじゃないのか?」

「僕はあの学校の希望です。先生全員が僕が東大の医学部に合格することを願っているし、母もそれを望んでいる。僕はなんとしてでも合格しなければいけない。彼女は流石に東大医学部に行ける頭はありません。なので、医学部の地元推薦枠で合格しようとしています。それぞれが自分にあった最良の道なんです」

「それはすでに話し合ったことなのか?」

「彼女も渋々ですが納得してくれました」

「お前は彼女と離れ離れになってもいいのか?」

「僕ももう子供じゃありません。6年くらい耐えられますよ」

「じゃあ最後の質問だ。それは本当にお前が“やりたいこと”なのか?」
青年は返答に詰まった。そうだ、と自信満々に言ってやりたいのに言葉が出ない。

「………そうですよ。日本一の医学部を出て医者になって人を救う。こんなに素晴らしいことはないと思います」

ようやく彼の口から出た声は弱々しいものだった。

「お前が6歳の時の将来の夢を思い出してみろ。明日も待ってるからな」

男はそれだけ言い残すと夜の闇に消えていった。
青年はしばらく席から立てなかった。