「あ。噂をすれば王子。」

「え!」

明人が指さした先には王子が同僚と一緒に歩いている。

亜耶は思わず下を向いてお弁当箱の中に視線を集中させる。

お願いだから気付かないで...!

祈るような気持ちでいると

「亜耶さん、この卵焼き明太子入りなんですね!絶対美味しいやつじゃないですか!」

ひょいと明人の箸が忍び込んで連れて行かれる明太子入り卵焼き。

あ...!最後の1個なのに...!と顔を上げた時、ついに王子と目が合った。

全身の毛が逆立つような感覚と顔がかぁっと熱くなる。

実は名刺を貰ったあの日以来の再会なだけにどういう顔をして良いのか分からなかったからだ。

「ほらほら、王子来ましたよ!亜耶さん!」

明人の声はもはや亜耶には届いていなかった。

何を話せばいいの?

連絡先教えてもらったのに連絡しなくてごめんなさいとか?

そもそも王子の本名ってなんだっけ?


「こんにちは、王子」

「......姫野です。」

そうだ!姫野だ。王子の愛称なのに名前には姫が付くのかとクスッと笑ってしまったのを思い出した。

「え。王子なのに姫なの!?」

名前をいじるように明人が笑うと姫野は困ったように笑い返した。

「じゃ、俺はお先に。」

「え、待って、私も...」

「俺これから水月庵に行かなきゃなんですよ。大福買いに。亜耶さんの分も買ってきますね。」

明人は姫野の少し緊張した様子を見て席を立つことにした。