夜空に君という名のスピカを探して。

「店内なんだから静かにしろよ、ダイ」


 そう注意しながらも、宙くんはどこか楽しそうだった。

そして楽しそうな宙くんを見つめるふたりの友人も、笑顔だった。

 それから三人は宙くんの勉強法やお決まりのダイくんの武勇伝、カズくんのバイトの失敗談など他愛のない話をした。

 ふと前に宙くんは実りのない会話に耳を傾けるくらいなら、家に帰ってテレビのニュースを見ていたほうがずっと価値があると言っていたのを思い出す。

彼の言う実りのない話というのはこういう雑談のことだったのだろうけれど、今はきっとその考えが覆っているはずだ。

だってその実りのない話に、彼の心が救われているのを感じるから。


 
 楽しい時間ほどあっという間に過ぎるというのは本当で、日が沈み濃紺の空が私たちの頭上に広がる頃、宙くんはダイくんやカズくんと別れた。

 人通りはあるけれど、友人たちがいなくなったことで急に静けさを感じる帰り道。

宙くんは途中まで家を目指して歩いていたはずだったのだが、急に方向転換をして駅のほうへと歩き出した。


「楓」


 どこか行きたい場所でもできたのかと驚いていると、有り得ないことに宙くんが私を呼んだ。

聞き間違いかと思ったら、またもや「楓」と名前を呼ばれる。

いよいよ、幻聴まで聞こえるようになったらしい。


「まだ怒ってるのか、さっきから呼んでるんだから返事くらいしろ」

『えっ、この天橋楓をお呼びですか?』

「“この”の意味がわからない。ここに、お前以外の天橋楓がいるのか?」

『いないでしょうね』

「はぁ……。お前と話してると論点がずれる。いいか、ちゃんと聞け。こらから連れて行きたいところがある」

『う、うん……了解です』


 宙くんと話さなかったのは少しの時間なのに、もうずっと言葉を交わしていないかのような感じがする。

また宙くんと話せた嬉しさを噛み締めながら、連れてきたいところとはどんな場所だろうと胸を躍らせた。

 宙くんは三十分くらい電車に乗って駅を降りると、一軒一軒が大きい農家の家が立ち並ぶ住宅街に入っていく。

しばらく道路に沿って直線に歩いていくと、見えてくる風景に既視感を覚えた。


『ここって……』


 大きな道路を挟んだ先には、銀の手すりを堺に上りと下りが分かれている階段がある。

その両端に花は散っているも、ちらほら新芽が顔をのぞかせている桜の木が生えていた。