夜空に君という名のスピカを探して。

「私が詳しいのはスピカのことだけで、それも星が大好きな人に教えてもらったんです」

「へぇ」

「あ、そうだ。その本はもう読まれましたか?」


 私は彼が持っている本に視線を向ける。

すると「あぁ」と言って、本を見つめる彼の顔が憂いを帯びた気がした。


「読んだけど、それがなにか?」

「そう……読んだんだ」

 ──ねぇ、気づいて。

「実はそれ、私が書いたんです」

 ──お願い、早く私の名前を呼んで。

 そんな願いが通じたのか、彼の目がみるみると見開かれていく。

それは私の正体に思い当たる節でもあるような、それでいて違かったときのことを恐れているような複雑な表情。

唇を震わせて、彼は意を決したように口を開く。


「この本は俺とあいつ以外、知りえないことばかりが綴られていた。お前は、まさか……」

「スピカ、またふたりで見られてよかった」


 そう言えば、なにかを核心した様子の彼が一歩こちらに足を踏みだした。

私は彼を迎えるように、満面の笑みを浮かべる。


「呼んでくれないの? 私の名前」

「もう会えないかもしれないって不安になったときは、ここに来てスピカに願ったんだ」


 泣きそうな顔で、ゆっくりと私の前までやってくる彼。

私はそんな彼を見上げて「宙くん」と愛しい人の名前を呼んだ。

 宙くんは顔をくしゃくしゃに歪めて瞳を潤ませると、震える声で「楓」と呼んでくれる。

その瞬間、ダムが決壊したように目尻からぽろぽろと涙があふれる。


「宙くんの言葉を聞くために、会いに来たんだよ……っ」

「約束、覚えててくれたんだな」

「でも私、今日まで宙くんの記憶がなかったの。だから、会いに来るのが遅くなっちゃった。本当にごめんね」


 もし病院で目覚めたときに宙くんのことを覚えていたのなら、すぐに会いに行ったのに。

随分と長い間、君を待たせてしまった。


「別にいい。俺は百年でも千年でも来世でも、楓を待つつもりだったんだから」

「そっか……嬉しい」

「あのさ、その……。楓に触れてもいいか?」

「え? 私に?」

「今度は幽霊じゃないんだって、実感したいんだ」

「宙くん……。私も、触れてほしい」

 それを聞いた宙くんは安堵の息をつくと、私の存在を確かめるように頬に触れてくる。

それから輪郭を指で何度も何度もなぞった。

 やがて頬に触れていた手は、私の後頭部に回って髪を梳き始める。

それが心地よくて瞼を閉じると、彼の手に身を委ねた。