夜空に君という名のスピカを探して。

「だから、あの人が忘れるはずない」


 だって、あんなにも離れることが苦しかった。

あんなにも、彼が好きだった。

どんなに離れていても、心で繋がっていると信じている


「宙くんの伝えたいこと、早く聞きたいよ」


 ──会いたい、会いたい、会いたいっ。

 その衝動に突き動かされて、私はついに石段を上がりきる。

なんとなく階段を振り返ってみると、ふわりと桃色の雪がひとひら落ちてくる。


「桜……?」

 いや、桜はとっくに散っているはずだ。

なので錯覚かと目を凝らすと、やっぱりひらひらと桜の花びらが舞っていた。


「なに、これ……え?」


 視線を巡らせると、石段の両脇にある散ったはずの桜の木が桃色の雲をつけている。

顔を上げれば、さきほどまで紺色だった空は茜色に変わっていた。

まるで、時間が遡ってしまったかのようだ。

 呆然と立ち尽くしていると、私のすぐ横を息を切らせながら全速力で駆けていく誰かの姿を視界に捉えた。


「あれは……」


 両親に物書きになると伝えた日、認めてもらえなくて家を飛び出したときの私だ。

石段を見下ろすと、駆け下りる過去の私の前から男の子が上がってくる。

その顔を見て、私は驚愕した。

進学校の制服を着た彼は、濡れ羽色の髪に黒曜石の瞳をしている。

眼鏡のせいなのか、精悍な眼差しのせいなのか、とても大人びて見えた。


「あの人は……宙くんだ!」


 私、事故に会う前に宙くんと出会っていたんだ。

なんで忘れていたのだろう。

今は階段の途中で、視線が重なったのも覚えているのに。

 あのとき、進学校に進む彼には私みたいな凡人の悩みなんて理解できない、そんなひがみを胸の内でこぼして「本当、羨ましいよ」と悪態をついた。


 でも、実際は違かった。

誰よりも自分の生き方に苦しんでいた人だった。

私と同じ、夢にもがきながら、それでも必死に戦っていた。

人は言葉にしないだけで、なにも感じていないような表情の裏に誰しも傷を抱えているのだと思う。

それを私は知らなかった。

誰かを羨み妬むだけで、本質を見極めようとしなかった。