俺は万人の幸福を願った。
誰もが悲しまず、誰もが幸せな世界を。

俺は剣を振るう。
振るうたびに飛び散る鮮血は母に似た艶やかな黒髪を、父に似た細い指を、等しく赤く染めあげる。
血溜まりに立ち尽くす俺を人々は呼ぶ。
正義の執行者、と。

大切なものは尽く失われた。
願ったものはこの手で壊した。
正義のために悪をなし、悪がなければ俺はいない。
気付けば正義に生かされているのか、悪に生かされているのかわからなくなっていた。

祖父に似ていると母が笑顔を浮かべた目元は、悪を見逃さぬようにと険しくなった。
俺は祖父と母を失った。
父が祖母に似ていると満足気に酒を煽りながら褒めた歌声は、悪を叱責せねばと嗄れた。
俺は祖母と父を失った。

人は人を罰する。
それは人が生まれた時から繰り返されてきた悪。
悪は悪を目の前にして正義に覆い隠され正義を為す。
それは正義であるのか。悪であるのか。
今となってはわからない。

人を殺した人を殺した。
殺した人は誰かを守るために殺していた。
俺は正しかったのか。
わからない。

母が俺を叱責する。
何をしたのかわかっているのかと。
父が共に叱責する。
取り返しがつかないんだと。

悪を擁護する悪を排除した。

俺は正しいはずだ。
正しくなければいけない。
この世の命全ての正義を担わなければならない。

そして再び剣を振るう。

悪を為さんという悪も、正義のための悪さえも、俺の前では等しく悪だ。

そして俺は俺を殺した。

身体が死んだのか、心が死んだのか、そもそも生きていたのかさえわからない。

それでも俺は正しくなければならず、
この世界は美しくなければならない。

それが俺の存在価値で、
この世界の存在価値だ。