私の言葉に奏先輩が少しだけ苦しそうに笑った。何故そんな笑い方をするのかは分からない。何が苦しいのかも分からない。

だからこそ、私は見ない振りをする。

「……挨拶、か」

小さく届いた声にも気づかない振りをして、あの日を、あの日々を、あの過去を。

全てを忘れて、今度こそ前に進みたい。忘れるために、あの頃の私は置いていく。


ーーーそんなんで忘れられるの?


遠くから、微かに真央の声が届いた気がした。

分からない。けどそうするしかないんだよ。私たちはあの日から何もかもが止まったままだった。あの過去だけが私たちを縛り付けてた。縛り付けて、忘れられなくて、そこに想いは止まったままなのに、お互いに時だけが流れてしまった。心を置き去りにして時間だけが過ぎていき、今がある。

ならば、奏先輩が抱え込んできた罪悪感も私が感じてきた憎悪も、何もかもを無くすために、あの過去を忘れるしかないんだよ。

それに、交換大学も期間限定だ。

あと半年したら奏先輩はいなくなる。そしたらもう会うことはない。二度目の再会はきっとない。これでいい。これが、最善の答えなんだ。



ーーーねぇ、蓮先輩。

私の答え、間違ってないよね?



「ーーー奏先輩」
「……」


「ありがとうございましたっ」


過去への決別の意味として、色んな想いを込めたありがとうを伝えた。

きちんと話してくれたこと。謝ってくれたこと。そしてあの頃、楽しかった日々を過ごさせてくれたこと。

初めての本当の恋が、できたこと。

沢山のありがとうを込めて私は笑った。この時の私がきちんと笑えていたのかは分からないけれど、この選択に後悔する日はきっと来ないだろう。



少しだけ胸が痛いのは、気のせいだーーー