それほどに、私とは無縁の世界。
母がいて、父がいる。当たり前だと思っていたそんな普通の生活、日々は奏先輩と瑠衣先輩にとっては当たり前なんかじゃなかった。
「多分、慰謝料とかでお金が底をついたんだろうね。2人とも仕事を辞めて家を出てったから、収入も減ったんだと思う」
「でも、だからって…」
そんなこと理由や言い訳になんかならない。
瑠衣先輩を利用することに、そんなの関係ない。
「うん、そんなの知ったこっちゃないよね。その道を選んだのはあいつらなんだから。けど俺たちに逃げ場なんて無かった」
ああ、だから。
だから、あの日ーーー。
「誰も助けてくれない。救いなんてどこにもない。だから俺と瑠衣は……逃げたんだ。誰も俺たちを知らない場所へ…あの日、俺たちは逃げるしかなかった」
それが、あの日の真実ーーー。
苦しげに歪められた奏先輩の視線とぶつかり合う。
「裏切ってごめん。約束守れなくて…本当にごめん」
小さく頭を下げる奏先輩に、私は胸が苦しくなるのを感じた。
どこにも救いのない過去。誰も助けてくれない、味方などどこにもいない、そんな過酷な人生を歩んできた奏先輩に、私は何を言えるのだろうか。
あの日、私は裏切られたわけじゃなかった。捨てられたわけでも、嫌われたわけでもなかった。奏先輩は、瑠衣先輩を守るために、そして過去のしがらみから逃げたいがために、あの日姿を消したのだ。
逃げるしか、他に方法は無かったんだ。
ポロポロと涙がこぼれ落ちてくる。何の涙なのかは分からない。ただ、すべての色を失ってしまったあの日の私が、泣けなかった私が、真実を知ることでやっと一筋の涙を流したような気がした。それは一種の解放ともいえる。あの日堅く閉じ込めた自分を、六年を経て、少しだけ解放できた気がした。



