「……けれど、これで終わりじゃなかった。それからが俺たちにとってはまさに地獄だった」
「えっ…」
まだ、何かあるというのだろうか?
「俺は不倫の一件以来ガラリと変わってしまった父親には心底煙たがられた。ある意味針の筵状態だよ。罵られることは無くても、俺が憎いのがはっきり分かるくらいあからさまだった。その上、俺は母親似だったから」
秘密を隠し通せなかったから。
母親似だったから。
ーーーだからなんだというのか。
そうは思うのに、それぞれの葛藤が其処には存在していることに歯痒さすら感じた。
奏先輩や瑠衣先輩の葛藤があるように、同じように、一度は永遠の愛を誓ったパートナーに裏切られた側の葛藤も存在する。だからこそ、それを頭ごなしに否定することはもしかしたら綺麗事を並べているだけなのかもしれない。
平々凡々に過ごしてきた私が言うのはおこがましいのかもしれないけれど、それでもやっぱり奏先輩や瑠衣先輩が責められるのは違うだろうと思った。
「瑠衣はもっと酷かった。心を病んだ瑠衣の母親はうつ病を発症して、毎日瑠衣を罵る。酒に溺れて、毎晩男を家に連れ込んで、瑠衣の前でやりたい放題だった」
「…っ」
「そして1年後ーーー自殺した」
「え…っ」
言葉を失うとは、こういうことを言うのだろう。奏先輩の言葉をすぐには理解できなかった。
「ど、どういう意味……え?」
ま、待って、自殺…?
「首吊り自殺だった」
「そん、な…こと」
「ほんと嫌になるよ。瑠衣の母親が首を吊って死んでるのを見つけたのもまた、俺と瑠衣だったんだ」
「っ!!」
「小学4年で親の不貞行為を見て、小学5年で首吊り自殺を見るなんて、なんのドラマって話だよ」
なんで…なんで。
どうして。
「この世界のすべてはきっと不条理で出来てる。救いなんてどこにもない。人生は残酷で、冷酷で、孤独で、人生には生きる価値すら無いんだと、俺と瑠衣は知った。いや、再確認しただけだったのかもしれない。もう、流す涙さえ無かったよ」
あまりの衝撃とショックに両手で口を覆う私の瞳から、ポロリと涙が一筋流れた。



