そんな私の視線に気付いた奏先輩が少しだけ困った顔で笑う。
「……久しぶり、あおちゃん」
その困った笑顔の中に、怯えが見えた気がした。ふと、奏先輩が蓮先輩に向かって言っていた言葉が脳裏に過ぎる。
ーーー…あおちゃんは、俺に会いたくないだろ
ああ、だから……
だからそんなに、怯えたような目をしているのか。
それとは裏腹な奏先輩の優しい声は、あの頃と何も変わらず、私の耳に溶け込むほどに気持ちが良かった。残酷なほどに、ただ優しい人。
何も言葉を返せない私に、奏先輩は苦笑してしゃがみ込む。
「足、血出てるから消毒しよう」
そう言って、背中に揺れるボディバッグからミネラルウォーターのペットボトルを出す。
「ここ、座って」
小さな石段を指差して座るようにと促してくるけれど、次に降ってきたのは真央と悠斗の声だった。
「今更なにしてんですか」
「今更なんの用だよ」
伝えたいことは2人とも丸っきり同じようで、似たような言葉を同時に発してくるけれど怒りのボルテージは真央の方が上だったらしい。
「今更なに!?なんの用!?」
怒鳴り声を上げた真央に私は驚く。奏先輩は静かにそれを受け止めるけれど、真央に見向きもしなかった。
「あんな最低な裏切り方しておいて、なに急に普通に現れてんの?あんたが葵を裏切ったあの日から葵はどんな気持ちで…!」
「君は、真央ちゃんだっけ」
「は…?」
真央の言葉を遮って、奏先輩が酷く冷静で落ち着いた声で問い掛けた。
「悪かったと思ってるよ。俺がしたことは最低な裏切り行為だ。それは知ってる。それを分かった上で、俺はあおちゃんに会いに来たんだ」
「…っなに、それ」
「そもそも君に理解して欲しくて会いに来たわけじゃないし、君に怒鳴られに来たわけでもない」
「はぁ!?」
一発触発な2人の会話はまるで他人事で、遠くにあるようだった。私の中にあるのは、奏先輩が目の前にいること、そして奏先輩を包む優しさの中に覗く少しピリッとした空気。
なんだろう、この空気。
確かに奏先輩なのに、まるで別人のようにさえ感じる。



