それはほんの一瞬で、すぐにいつもの笑顔がそこに浮かぶ。
「……ありがとう」
そう言って、鞄にお守りの紐を通してキュッと結ぶ。
奏先輩の学生鞄にお守りがゆらゆらと揺れた。
最後の時が近づいていると思った。
「……じゃあ、何かお返しをしないと」
「えっ、いいですよ。私が勝手にやったことだし」
「そういうわけにもいかないでしょ。なにか欲しいものとかある?」
「だからいいですって」
逃げるようにじゃないけれど、お返しをと言ってくる奏先輩の話を逸らすために鞄を持って立ち上がる。
お返しなんて、気を遣わせてしまった。自分が渡したいから渡した。それだけのことなのに、やっぱり奏先輩はどこまでも奏先輩だ。
「…っ待って」
立ち上がった自分の腕が奏先輩に掴まれる。
「本当に何か、欲しいものがあれば…っ」
「せ、先輩?」
慌てた様子がいつもとなんだか違って、思わず首を傾げた。その慌てた様子の中に、僅かな必死ささえ感じられた。
「本当にいい、」
「俺が渡したいんだっ」
「…っ」
遮るように告げられる。
「これが最後なんだったら、最後は俺もちゃんと終わらせたい」
「奏、先輩」
「勝手なのは分かってるけど、お願いだから何かお返しさせて」
「……」
どうしたものか。
ここまで言われてしまうと断れないのだけれど、欲しいものはと言われても特にない。奏先輩にわざわざ貰うほどに欲しいものなんてーーー。
再度ベンチに腰掛けた自分の視界に入ったものに、私は数秒止まる。
そして、告げた。
「ーーーボタン」
「え?」
奏先輩のブレザーを見つめて、私はもう一度繰り返した。
「ブレザーのボタンがいいです」
「ボタン?」
「よ、よく言うじゃないですか。卒業式の日に想い出として卒業生のボタンを貰うやつ」
「あぁ…うん」
「私、ボタンがいいです」
欲しいものはあるかと聞かれてボタンと答える。あまりにも素っ頓狂だとは思うけれど、いつまでも輝いている想い出として、ボタンは大切なものになると思った。
奏先輩の中学生活を共にしてきた制服の一部。
きっと、私の想い出を更に輝かせてくれる。
「……分かった」
「ありがとうございますっ」
「だったら、最後のお願いを聞いて」
「お願い、ですか?」
うん、と奏先輩が頷くと、自分のブレザーのボタンに手を重ねる。



