「ーーーあおちゃん」
久し振りに聞いたその優しげな声に鞄に荷物を詰める手も止まりハッと顔を上げた。
「…奏、先輩」
教室の扉に手を添えて、鞄を背負う奏先輩の姿は本当に久し振りだった。少し前まではよく見る光景だったのに、すごく昔のことのように感じる。
「久し振り、あおちゃん」
笑う奏先輩の表情は少し硬い。
話をしたいと言った私の話の内容が明るい話ではないことくらい分かっているからだろうか。
「久し振りです、先輩。ごめんなさい、受験勉強あるのに」
鞄を持って駆け寄る。いいよ、と笑う奏先輩と供に私は歩き出した。
きっと、これで最後だ。
並んで歩くのも、こうして同じ時間を過ごすのも。
「冬休み、どうしてた?」
不意に届く質問に私は歩きながら答える。
「ゴロゴロしてましたよ。遊びにも行ったけど、ずっとのんびり過ごしてたかな。奏先輩は?」
「俺はずっと勉強。初詣くらいだよ、外に出たの」
「受験勉強大変なんですね」
「試験、もう少しだしね。ラストスパートって感じ」
「そうなんですねー…。私も2年後は奏先輩みたいになってるのかなぁ」
「なってるんじゃない?あおちゃん、受験勉強にひぃーひぃー言ってそう」
「今でも難しくてひぃーひぃー言ってますよ」
「まぁ、テストの時期は俺が教えてたからね」
不思議なものだと思う。
あんな終わり方をして、それでもしっかりとした決意があればこうして穏やかな気持ちで向き合えるのだから。
奏先輩は今、どんな気持ちなのだろう。
考えてみれば、いつだって私は奏先輩の心情を読み取れたことは一度もなかった気がする。奏先輩はいつも優しい笑みを浮かべていた。その奥にあるものがなんなのか、どんな想いなのか、私は知らない。
「ここでいいですか?」
2人並んで辿り着いたのは近くにある公園。
あまり人もいない。ゆっくりと落ち着いて話せる場所としては最適だった。
ベンチに腰掛ける。
今まで普通に話してたのに、急に重苦しくなった雰囲気に思わず心の中で苦笑した。
それでも、言わなければいけない言葉がある。
「ーーー奏先輩」
「ん」
「私、奏先輩が好きです」
奏先輩が小さく目を見開いた。
視線を合わせて、目を見て、伝えるんだ。最後の言葉を。
「だから今日はハッキリと終わらせようと思って」
「……あおちゃん」
「あんな微妙な感じで終わるんじゃなくて、ちゃんと納得のいく終わり方をしたかったんです。ごめんなさい、あの日。逃げちゃって…」
「……いや」
呟くような声で微かに首を振った奏先輩に私は続ける。
「私、楽しかったです。奏先輩と過ごした1年間、すごく楽しかった。先輩にとっては変わらない1年だったかもしれないけど、私にとってはとても大切で、一生の思い出になるだろう1年でした」
目を閉じるとそこにいるかのように思い出せる。
2人で過ごした一つ一つが、此処にある。
其処に、ある。



