あの日、一番この胸を貫いたのは、奏先輩の一言だった。
終わりにしようとは思ってる。その一言が、自分の心に追い打ちをかけたのだ。
奏先輩と瑠衣先輩のそんな場面を見てしまったことも、衝撃を受けた。嘘をつかれていたこともショックだった。けれど何より、私の心に刺さったのはあの一言だったから。
「元々私と奏先輩はただの先輩後輩ですから。付き合ってるわけじゃないし、いつかは終わりが来るじゃないですか。タイミング的には奏先輩の卒業が終わりの時だったんだろうけど、それが早まっただけですよ」
勘違いして自惚れて、卒業しても変わらない関係を築いてくれるって、そんなことを思っていた自分がいた。あの時、今更ながらそんなこと絶対ないのだと思い知らされた。この関係が始まった瞬間から、卒業までというタイムリミットがあった。それにさえ気付かなかった自分が馬鹿だったのだ。
「……奏は、葵ちゃんを本当に大切に思ってたよ」
「後輩の1人として、でしょう?」
「分からないけど、本当に大切にしてた。今更俺が言うのも可笑しな話だけどさ。奏がどうする気だったのか知らないけど、俺の目から見て確かに葵ちゃんを可愛がってた」
「大丈夫ですよ、蓮先輩」
蓮先輩がしせんをあわせてくる。
「蓮先輩は奏先輩の友だちだから、そう言ってるんでしょう?だったら大丈夫ですよ。奏先輩が私を可愛がってくれてたなんて、本人である私が良く分かってます」
「葵ちゃん…」
「だって、あんなに優しくしてくれたんですもん。沖縄のお土産だってくれて、色んなところに連れて行ってくれた」
伝わってないわけない。奏先輩は確かに大事にしてくれてた。後輩の一人としてだったけれど、それでも確かにあの慈愛に満ちた優しい瞳は真実だった。
そう答えた自分に蓮先輩は複雑な笑みを浮かべた。
「葵ちゃん、」
「はい?」
「奏を、許してあげてほしい」
「え」
「奏は確かに最低なことをしたけど、葵ちゃんとのこと適当にしてたわけじゃないと思うんだ。あいつも落ち込んでたから、許してやって」
切なげに眉を下げる蓮先輩を見て、私は笑った。
あの優しい奏先輩なら、確かに落ち込みそうなものだ。落ち込むことなんてないというのに、奏先輩はいつだって優しいんだ。
「許す許さないとか、ないですよ」
元々怒ってるわけじゃない。憎んでるわけでもない。
許すとか許さないとか、そういうもの本当にないんだ。
「……ただ、私の中で決着がついてないから、決着をつけるんです」
「決着?」
「奏先輩の言葉に耳を向けて、気持ちを伝えて、私はそこで初めて奏先輩との繋がりを終わらせることができる気がするんです」
「……」
「ちゃんと終わらせます。お互い良い時間を過ごせたと笑って思い返せるように」
「……そっか」
蓮先輩は切なげに、それでも優しく笑ってくれた。
「葵ちゃんは強いな」
「えぇ、そうですか?」
「うん、強い」
そして髪の毛がグシャグシャになるほどに乱暴に頭を撫でくりまわされてしまった。
こうして話を聞いてくれていた蓮先輩ともあと少しでお別れだ。
「受験勉強、頑張ってくださいね」
「ん。頑張るわ」
背を向けて去っていく蓮先輩を見つめながらもう一度心の中でエールを送ったのだった。



