奏先輩の教室へと進む。
今なら教室にいると蓮先輩が教えてくれた。
3年生の人たちにチラチラと見られているのは、3年生の校舎に1年生がいることの珍しさと、先ほど蓮先輩が言っていた噂が理由なのだろう。
ーーー暇つぶしの二番目。
確かに胸は痛むのに、その通りだと思わずにはいられなかった。
本当に、その通りだ。まさに噂通りだ。
そんな存在が3年生の校舎に足を踏み入れていれば、注目の的になってしまうのも仕方がない。
いつもなら隣に奏先輩がいるから見られることがないだけで、今は1人なのだ。
居心地の悪さを感じて、無意識の中で歩く速度を速めた。
奏先輩の教室はもう目の前。
何度か踏み入れたことのある教室。何の気なしに、教室の扉にある窓ガラスの向こうに視線を向けた。
「…っーーー」
目に入ったのは、奏先輩と、瑠衣先輩ーーー。
2人の姿を盗み見るつもりはなかった。会話を盗み聞きするつもりでもなかった。
ただ、体が固まって動かなかった。
ーーーあおちゃんが心配することは何もないんだよ。
そう言ってくれた奏先輩の優しい笑顔がゆらゆらと揺れる。
固まった私の視線の先、机に浅く腰掛ける奏先輩に瑠衣先輩が覆い被さるように口付けを交わし合う姿があった。
そこにいる2人は、まさに恋人同士だった。
そしてふと、硬直する自分の耳に届く声。
「……瑠衣」
それはなによりも大好きな声だった。
優しくて、温かくて、大好きな声だったのに。
ゆっくりと顔を離した瑠衣先輩が問い掛ける。
「…奏、葵ちゃんのこと、どうするの?」
息を呑んだ。
「……」
奏先輩は何も答えない。その表情は分からないけれど。
「このままってわけにもいかないでしょ。もうすぐ卒業するんだし。それに私のことだって話してないでしょ?」
「……話せるわけないだろ」
「だったら尚更、早くしてあげないと。葵ちゃん、泣いちゃうよ?」
「……」
「葵ちゃんの気持ち、分かってるでしょ?」
「……分かってる、けど」
やっぱり、気づかれてた。
奏先輩が私の気持ちに気付いていたことに特に驚きはしなかった。気付かれているのだろうと、感じてはいたから。
あんなに側にいて、奏先輩に呼ばれればすぐに行くし、誘われれば喜んでついて行く。気づかない方がおかしいとも言える。
気付いていて、知っていて、奏先輩は私を後輩の1人として接してきた。あんな曖昧な関係を、奏先輩は求めてきたというわけだ。
けれど、それを咎める資格も権利も自分には無かった。私の気持ちを知っていながら、どうして期待させるようなことばかりしたのかと、言える立場ではなかった。勝手に期待して勝手に自惚れていたのは、誰でもない、この私だ。奏先輩は最初から、私のことは後輩としてしか見ていなかった。分かっていたのに勝手に期待してしまった。
視界が揺れる。涙が溢れてきていることに気付いたのは視界が揺れたその時だった。
「どうするの?」
「考えたくない」
「でももうすぐで私たち卒業するよ」
「……そうだな」
奏先輩の手がそっと瑠衣先輩の背中に添えられる。抱き締めるわけではなく寄り添うように優しく引き寄せられていた。
沈黙の後、奏先輩の声が小さく届いた。
「……応えられないのに、最低だな、俺は」
「奏」
「瑠衣がいんのにな」
「……」
「……最低だ、ほんとに」
「……」
「ーーー終わりにしようとは、思ってるよ」
その時だった。



