「悪くいえば、暇つぶしの二番目」
「…っ」
言われた言葉に思わず息を呑んだ。固まって何も言えないでいる私に構わず、蓮先輩は続ける。
「確かに奏と瑠衣は付き合ってないけど、あの2人の間には絶対入れないよ。割り込むことはできない。どれだけ奏が葵ちゃんを可愛がったとしても、葵ちゃんは本気にならないほうがいい」
「……」
「絶対に泣くよ」
「っ」
俯いて、制服のスカートを握り締めた。
分かっている。どれだけ奏先輩が私を呼んでくれたり誘ってくれたりしても、結局は瑠衣先輩の元へ行くんだ。否、帰るとも言えるし、戻るとも言える。
それを知っていて、分かっていて、自分はこのよく分からない関係を受け入れている。奏先輩と同じ時間をただ過ごすために。
まだ、涙の味は知らないけれど、それでもいつかは、涙を流す時が来るのだろうか。
いつの日か、奏先輩と瑠衣先輩の固い繋がりを目の当たりにして泣く時が来るのだろうかーーー。
あの2人がどんな関係なのか、詳しくは知らない。幼なじみだってことしか知らない。だから、今の私はあの祭りの日。
ーーー「あおちゃんが心配することは何もないんだよ」
奏先輩が言ってくれた言葉たちを信じるしかない。
それに私は、奏先輩と付き合っているわけじゃない。好きだと言われたわけでもなければ明確な言葉を貰ったわけでもない。そんな立場の自分が、偉そうに口を出す立場にはいない。
更に強く制服のスカートを握り締めた瞬間、ふわりと頭の上に温もりを感じた。
「ごめん、追い詰める気はなかったんだけど」
奏先輩とは違う蓮先輩の大きな手のひらが頭の上に乗っていた。
蓮先輩は困った表情を浮かべていた。
「俺はね、葵ちゃんが泣くところを、見たくないだけなんだ」
「……蓮、先輩」
「泣くことになっても、それでも奏が好き?」
「……は、い」
「……そっか」
優しく頭に乗っていた手のひらが動く。
ポンポンとされたそれは、まるで奏先輩が私によくしてくれる行動だと思って、胸が締め付けられた。
「葵ちゃん、奏のとこ行くんでしょ?」
「…はい」
「奏、今なら教室にいるよ」
笑っているその瞳の奥に、どんな想いが込められているのか、その時の私には見抜くことができなかった。
教室にいると教えてくれたのは蓮先輩の優しさだ。その優しさの中に、現実を見るんだと伝えられていたことに自分は気づくことすらできなかった。
この後すぐ、私は蓮先輩の言葉通り泣くことになることなど、想像さえしなかった。
そして私は決断する。
ーーーそろそろ本当にハッキリしなよ。
真央の言葉が脳裏によぎった。
小柄な背中を見つめながら相澤蓮は苦笑した。
これで、良かったのだろうか。この後すぐ彼女が傷付き泣くことを分かっていて、奏の元へ送り出してしまった。今はやめておけと言えば良かったのか。泣くことになるぞ、今だけは、今日だけはやめておいた方がいいと。
しかし、それでも奏が好きなのかと問うた自分に彼女は頷いたのだ。
彼女ーーー葵ちゃんが泣くことは分かっている。それは他人である自分にでさえ考えずとも分かる。他人でさえ分かるのだ。ならば、葵ちゃんを可愛がって側に置きたがる残酷なほどに優しいあの男は、それを知っていて、分かっていて、それでも側に置きたいのだと願う。
奏の想いと、葵ちゃんの想いに触れて、相澤蓮は少しばかり胸を痛めた。
願うのはただ一つだけ、友であるあの男と、男が可愛がるあの小柄な女の子がせめて笑っていられますようにーーーと。



