約束したお祭りの日がやってきた。
ポケットにいれてある携帯が震えたのを感じて携帯を取り出し確認する。奏先輩からの連絡だった。もうつくよ、だけの短い一文。簡単な返信を済ませて、次に自分の服装に変なところがないかを確認する。
いつもは放課後に出かけるためいつだってお互い制服を着ているけれど、今日は違う。学校もない休日、夕方に駅前で待ち合わせ。服装はもちろん、私服。いつも以上に緊張するのも仕方がない。
ひらひらとスカートの裾を靡かせて、汚れもないのに汚れを取った気になって微かに笑ってしまう。本当に、今の自分はまるで恋する乙女だ。好きな人との待ち合わせに緊張して、服装を確認して胸を高鳴らせる。その相手には特別な存在がいるというのに、楽しみにしている自分が少し情けなく感じる。
両頬に手を添えて一つ息を吐く。
はぁ、と二つ目の溜め息が出かけたところで、トントンと優しく肩を叩かれた。
振り向いた先にいたのは、もうつくと連絡してきた奏先輩で。
「ーーー奏先輩っ」
名を呼ぶ自分の口調は慌てていた。
「ははっ、引っかかった」
振り向いたと同時にやってきたのは頬に感じた奏先輩の指。ムニッと頬にささる奏先輩の指に私は奏先輩に非難の目を向けた。
「なにするんですかっ」
「綺麗に引っかかったね、さすがあおちゃん」
「流石の意味が分かりませんっ」
不貞腐れる私に奏先輩がしてやったりな笑顔を浮かべる。そして私の頭に手を置き、ポンポンと叩く。
「っ」
一気に心拍数が上がる。
「鞄、つけてくれてるんだね」
鞄に揺れる1つのキーホルダー。奏先輩にもらった沖縄のお土産だった。
なんだか嬉しそうに微笑んだ奏先輩に私も微笑んだ。
「じゃ、行こうか」
「…はい」
私服で会うことも、こうして待ち合わせることすら初めてで、それなのにいつもと変わらない奏先輩の様子にほんの少しだけ悔しさを滲ませる。少しは緊張してくれたらいいのに、私は緊張して堪らないのに。
しかしそれは、それほどに奏先輩にとって私という存在はただの後輩でありそれ以上でもそれ以下でもないということなのだろう。緊張することも楽しみだと思うこともない、張り切って服を選んできたことにすら目を向けられない。奏先輩にとってはそれだけの存在なのだ。
ーーーだから、2人で会うことにも躊躇いがない。
躊躇いもなく、何の想いも、一つの疑問もなく、簡単に祭りに誘うことができる。
祭りだけではなく、映画だってそう、アイスを食べに行くことも、公園に連れられることも、奏先輩にとっては本当にただの暇つぶしなのだ。そこに誰かがいればそれでいい。偶然に私が側にいただけの話。
それが、相手を期待させ不意に突き落としていることにも気付かないまま、奏先輩はそれを繰り返す。
底のない優しさと親しみやすさが時に相手を不安にさせていることを知らない、ただ純粋に自分の思うがままに、ただの後輩を連れて祭りに行く、それだけのことなのだ。
だから、深い意味なんてない。
期待してはいけない。
私は、ただの後輩の1人だーーー。



