そんなことを思っていた私に構うことなく、奏先輩は笑顔そのままに言い放った。
「じゃあ、俺も一緒に行ってもいい?」
「え…っ」
い、一緒に…?
なんで?どうして…?
「いや、えと、…」
上手く言葉が出てこない。何を言えばいいのだろう。校内とはいえ、一緒に図書室に行くのはいかがなものだらうか?
いや、ただの先輩後輩なら…だとかそんなんじゃない。突然の誘いに戸惑い躊躇ったのは、私自身の気持ちゆえ。喫茶店の前で会ったあの日を境に突然関わりを持つようになったことへの戸惑いと、今は二人になりたくないという想いがあるからだ。
どう返事をしようか迷っている私に、奏先輩は少しだけ顔を歪めた気がした。次いで苦い笑みを浮かべながら再度口を開く。
「経済学の資料誌を探してるんだ。でもここの大学広いだけに図書室の場所分かんなくて。聞けばいいだけなんだろうけど、場所を知るためにもついてっていいかなーって…」
その言葉の中に少しだけ必死さが垣間みえて、私も同じように苦笑した。
そんな些細な普通の理由でさえ私たちは顔色を伺わなければいけないことにやはり時の流れを感じずにはいられなかった。
これが、今の私と奏先輩なんだ。
この距離が合ってるのか合ってないのかは分からない。正解なんてきっとない。先輩後輩という関係がどんなものなのかすら今やもう分からなくなった。それでも、そういう理由ならば、断れるはずがなかった。
「…分かりました」
「葵っ」
了承した私に真央が慌てる。そんな真央に私は笑みを返して一歩を踏み出す。
「行ってくるね、葵。講義頑張って」
真央の心配そうな視線を感じながら、私は奏先輩と歩き出した。



