「私、もう歌詞かけたよ」

ある日、いつものようにピアノを弾いていると鳥本さんが言った。

「じゃあ、その歌詞を見せてよ。僕は全然ダメでさ……。歌詞にあった曲なら考えれるかもしれないし……」

「ダ〜メ!」

いたずらっ子のように鳥本さんは笑う。僕は何度かお願いするけど、鳥本さんの返事は変わらない。諦めて僕はピアノの上に指を走らせた。

「今から何を弾くの?」

「月光ソナタだよ」

「ベートーヴェンの曲だね!」

「うん」

僕が月光ソナタの楽譜を探していると、「ねえねえ知ってる?」と鳥本さんが楽しそうに話し出す。鳥本さんは、なぜか作曲家たちの歴史に詳しい。

「月光ってついてるけど、ベートーヴェン本人は月のことなんか考えてなかったんだよ。叶わない恋の相手を想って作曲したんだって。ロマンチックじゃない?」

「そんな話があるんだ。知らなかった」

僕はいつものようにピアノを弾き始める。作曲家がどんな想いで曲を作ったなんて、今まで考えたこともなかったな。この曲は、切ない恋の曲だったのか……。