コーヒーのいい香りがキッチンから漂ってきた。

またインターホンがなる。
彼は玄関を開けに行った。

「早かったですね」

二人分の足音に、ソファから立ち上がってその先を見つめる。

「初めまして、槙の父です。鷹野顕(たかのけん)と申します。どうぞよろしく」

現れたのは、目元が槙にそっくりの背の高い男性だった。この人、どこかで見たことがある…。

「初めまして、槙さんとお付き合いさせていただいてます、山口寧々と申します」

間に立っている槙が、

「この人が僕の婚約者です」

婚約者、という言葉に彼の方を見る。
彼は少しも表情を崩さない。

「そうか」

この2人の微妙な雰囲気。耐えきれず、

「こちらから伺わなければいけないところ、来ていただきありがとうございます」

横から口をはさんだ。

槙はこちらを見て、少し口元をゆるめた。
槙のお父さんは表情を崩すことなく、窓の外を見ている。

「今、コーヒーをいれますよ」

槙のお父さんはソファに腰かけた。

「息子とも会うのが久しぶりなものでね」

すぐにコーヒーをいれて持ってきた、槙とともにもう1つのソファに腰かける。

しばらくの沈黙のあと、

「2人とも責任ある行動をね、頼みましたよ」

いい終えると、コーヒーの香りを吸い込み、一口飲んだ。そのとき電話がなり、槙のお父さんが立ち上がる。

「時間のようだ。またお会いしましょう」

槙と2人で玄関まで送る。
あっという間の訪問だった。

「忙しい人なんだ、あの人は」