「ほら!みて!きいて!ね! ないてるでしょ?!
 きゅん、きゅんって。こんくりーともなくんだよ!」

ホースで撒かれた水が、コンクリートの熱を奪い、気化する。
どこか突き抜けた笑みを浮かべ、響(ひびき)は叫んだ。
午後3時の日差しは容赦なく僕と響を焦がしていたが、時折訪れる涼風が残り少ない夏を追い立てているようだった。

「ね?!すごいでしょ?!しってた?さとし?」
今日は機嫌が良いのか、朝からしゃべりっぱなしの響。
”落ちている”日は床にねっころがったまま微動だにしない。
「ああ、すごいな、知らなかったよ。響は物知りだな」
両の手を大きく振りながらはしゃぐ響。
幼子のようなその仕草は僕とそう変らない年齢の女性としては、少し突飛だ。
”くるり””くるり”と回る響。
まるで舞踏会で踊るロンド。
「こんくりーともなくんだよ!だからー。
  ひびきがないてもおかしくない!」
泣き笑いのかおで叫ぶ響。
”落ちるな”僕の予想というか確信はだいたい当たる。


「だから、だめっていったじゃない!、だめなのよーーーーーーーー」
床にぺったりと座り込む響。
仕事から帰ると部屋は発情期のアライグマと狂犬病のアフガンハウンドが格闘したかの惨状を呈していた。

食器はすべて床に投げ出され、雑誌は引き裂かれ、ソファーは大地に背を付ける。

ま、よくあることだ。
幸い食器はすべて樹脂製(以前全部響が割ったから)
雑誌はよんでしまったし、ソファーも起こせばいい。

ぐずる響。
ポケットの端に親指を引っ掛け、ただ、突っ立ている僕。
ま、見てるしかない。
これが起こっているときは見守るしかない。

しばらくして、静かになる。

ゆかに転がっているコップを2つ拾い、冷蔵庫からミネラルウオーターを出し、注ぐ。
一つに口をつけながら、もう一つを響の元に。
ピルケースからいくつかの薬をだす。
頓服薬を響に渡し、飲むように促す。

コクリ、コクリ・・・・

2つ頷いて口に含んだSSRIを嚥下する。

30分もすれば効いてくるだろう。

ま、慣れだ。