「あ」
「おとりこみ中で~っす」
「ばか、何言ってんのよ」
「……失礼しました」

従来の環境から考える事のできない程、欲望に塗れた淫らで酒まみれの世界がいつも目の前にあったが、慣れてくると
アルコールの匂いも誰かが交合う時に漏らす甘い吐息も心地よかった。

あるいは生来、性に合っていたのかもしれない。

それにここには自分を縛る規則もルールもない。

良い子を演じてきた自分を解放していく上では最適な場だった。

「……あ~、良い音ねぇ……ねぇ、あんたはどう思う?優一くんの演奏」

「………え?」

「さっきからずーっと皿洗いばかりしてるけど」

「………素敵だと思うよ」

「ええーっ!?それだけ!?………本当ドライね、あんた」

演奏中、周囲の状況を確認していると、先生と先生の従弟の方と他愛もない話で盛り上がっているのがよく見えた。

「まぁ、あんたはドライな方がちょうどいいのかもね。本気になっちゃうと面倒ごとばかり起こすから」

「……うるせぇな」

先生は自分の大きい地声が演奏の邪魔になっていないか度々危惧していたが、誰かの話す声も演奏の一部になっていると
僕は感じる。

しかしそんな夢見心地は一瞬で、目を覚ました後は台所にたまった山のような食器を片付けなければならない。

水道から流れ落ちる冷水はいつもこの白昼夢に終止符を打ってくれた。