白銀のカルマ

5月下旬。結婚が間近に迫った頃。

千沙子は喫茶店に着くなり廣瀬氏にいきなりこう切り出したのだと言う。

〝私、普通のファンに戻ります″

「……って言ったそうなんです。本当に面倒見が良くて。献身的で。息子も彼女を信頼していたし愛してもいましたわ。けど……」

「……理由はなんと?」

「それが……」

『……どうして破談にしようと思ったんだい?』

『……彼にはおそらく私以上の存在がいると思います』

『え……?』

『……彼は演奏した後、部屋の窓から外を眺めていつも涙を流しながら誰かをひたすら待っているんです…』

「そう言って破談を申し込んできたんです。…おそらく息子にとって大きい存在なんでしょうね。」

敵討ちに人生を捧げてきた英は言葉に詰まった。

この世に存在する『愛』など所詮エゴでしかない思っていたからだ。

父の無念を晴らそうと必死の思いで頑張ってきたが、それは自分自身が理不尽な現実に満足できないだけだった。

〝あなたのために私は″とよく聞くがそれは本当に他人の幸せを願う人間の言葉じゃない。

そう断言出来る自信は常にあったが今回だけは違った。

40年間、愛とは程遠い殺伐とした気持ちの中で生きてきたが、このエピソードを聞いたことで凍てつき尖った感情が少し小さくなったような気がした。