「いってきます」

「優一。お財布は?携帯は持った?」

「もう気にしすぎだって。全部持ってるよ」

ある日の昼下がり。

歩き慣れた道を往復するだけにも関わらず、異常なまでに息子を気に掛ける母とその姿に苦笑する一人の青年

飼い主らのやり取りを上目遣いで静かに見守る一匹の犬が青く生い茂った芝生の上で佇んでいた。

「何を言ってるの。あなたは"見えない"んだから些細なことを気にして当然でしょう」

しかし成人した息子にいつまでも干渉し続けるのは、単なる過保護とは"事情"が違った。

「…母さんの言いたいことは十分分かってます、気を付けていってきます」

もちろん青年は母の心情を痛いほど理解していたが、それでも固執されることは愉快ではなかった。

青年は終始苦笑いを浮かべつつも、母に真剣な眼差しを向け一言こう言った。

「はぁ…。いってらっしゃい。早く帰ってくるのよ」

困り顔でため息をつきながらも、犬を連れて外出する息子の後ろ姿が完全に見えなくなるまで見送った。

息子が外出した後、残りの洗濯物を出来る限り早く干そうと意気込んだまさにその時だった。

「あの」

「!」

「奥野幹枝さんのお宅でしょうか……?」
「あ……!」