「直子!!ちょっと下さ降りへ!!」
 二階の母の部屋から祖母の咆哮が轟いた。二人連れ立って一階のリビングへ降りてくる。祖母の母に対する怒りが頂点に達したときに発生する我が家の「家族会議」の始まりである。
 ここ数日の母の態度はどこかイライラしていた。戸は必要に強く開閉する、挙動に落ち着きが見られない、語気も荒く我々に不快感と若干の恐れすら抱かせるものであった。
 「なんでおばあちゃんここまで我慢しねばまいねんだっきゃ。」
 祖母も私と同じ気持ちでいたのであった。このような母の態度をいつまでも容認しておくわけにはいかない。何かがきっかけで自然と自覚的に収まってくれれば有難いのだが、あまり悠長に構えていても無駄なストレスが溜まってしまう一方である。祖母の怒りはもっともだ。
 「人からお金をもらってお礼を言わない人があるか!」
 事件の発端は以下のとおりである。祖母が外出先から戻った途端、部屋から降りてきた母が、
 「おばあちゃん。デイケアに行くお金ないから頂戴!」
 とその体躯にふさわしい大声を張り上げ、まるで人を非難するかの如く鋭利な口調で祖母に小遣いをせびり、その手からすかさず三千円を奪取しそのまま部屋へ上がっていったというのである。
 「だっておばあちゃん前に私がお金もらった時お礼したら(ありがとうって言わなくていい)って言ったはんで言うか言うまいか迷って・・・」
 ふむ、祖母がそんなこと言うとは普段では考えられないことだが、その時は感情が高ぶっていて覚えず口走ったのかもしれないな。まぁ、平気な顔をして嘘をでっちあげることは確かに母には時折あることではあるが。そうやって顔色一つ変えずにしゃべられるとつい母の弁解を信じてしまいそうになるのは息子としての甘えであろうか。しかし、
 「だれがそんなことを言う人があるか。そんなこと言うはずない。」
 と祖母はにべもない。だが私はやはり母の反論を100%否定することはできなかった。祖母は根が短気だから一時的にカッとなってそのような文句を吐く可能性はないとは言えないし、最近記憶力の衰えが少しずつ露見されるようになってきたからもしかすると忘れているのかもしれない。その点では母の記憶力はなかなか優れており、些細なことも正確に覚えていたりする。