暗中模索してタイヤ周りだけを掘り続けても駄目な訳だ。根はもっと深いところにある。
 ここからの作業はさらなる困難を要した。なぜなら、スコップの入りにくい狭い車体の底を掻き出さなければならないからだ。すでに一時間以上も屋外で雪と根比べしてきた私の体力、気力は限界に近づいていた。もう両足首から下は冷たさで麻痺しているようだった。正直諦めて家に入りたいと思った。
 しかし驚嘆すべきはやはり私の祖母だ。大正生まれで戦争を経験し、今日に至るまであらゆる艱難辛苦に耐えてきたその精神ヘ、ふがいない私から見るとことさらに隔世の感を感じずにはおれない。一度始めたことは必ず最後までやり通す人だから弱音を吐くことなどない。事実今もスコップと鎌を巧みに操りながら的確に車体前部底の雪を取り除いている。その動きに全くの乱れがない。一心不乱に黙々と作業を続ける姿に触発され勇気づけられ、私は作業を続行するのであった。
 さらに小一時間やり続けて、漸くゴールが見えてきた。車体側面底部の雪は大方取り払われ、雪の積もった地面と車との間に隙間ができていた。祖母が我を忘れるほど集中した結果、足を滑らせその溝にするりとはまってしまうアクシデントが発生し笑いを産み出しながら祖母と私とはラストスパートをかけていった。
 そして遂に、今日のその時がやって参ります。NHK総合『その時歴史が動いた』司会の松平定知アナウンサーよろしく我が家の歴史が動く瞬間が厳かに告げられた。いやこのドキュメンタリーにはむしろ『プロジェクトX』がふさわしいか(笑)。車に乗り込むのも何度目であったろう。実のところ諦めムード濃厚だった私は半信半疑でエンジンをかけた。これまで何度となく裏切られてきた失敗のイメージが強く脳裏に焼き付いていた。徐々にアクセルを踏む足に加重していく。車体がぶるんぶるんと揺動を始める。今回は振動と振幅が大きい!もしや!!なんと十秒も経たない内にタイヤがスッと前に進んだ。あっという間の出来事に私はしばしあっけにとられてしまった。
 やっと動いてくれた愛車に喜びをかみしめつつ家へ戻った。ソファに腰を下ろしお茶と茶菓子で一服していると、ストーブの前に横になっている祖母が目に入った。悪い予感がよぎった。
 「おばあちゃん、どしたんだ。」
 「腰痛ぐしたじゃ。」
 祖母は腰に手を当てながら渋面でつぶやいた。