「咲、お帰り。」

俺達兄弟に、守るべきものが出来たのは

店を始めてから、丁度10年が過ぎた頃だった。

失恋したと言って飛び込んできたのは…………

二十歳になったばかりの、生意気な女だった。

俺の篠山という名字から『ささ』と愛称をつけられ

兄貴にも、友達にも呼ばれていたのだが。

その呼び名にトラウマがあった彼女は

体調を崩しパニックを起こした。

それまで、兄貴の愛情は俺に全て注がれていたのだが。

彼女の出現によって、変わってしまい

腹立たしい毎日を過ごすことになった。

『舌打ちは、ないんじゃないですか?!』と突っかかってきたと思えば

『私は、ガキじゃないので………。
プリンは、貴方が食べたら良いですよ!』と生意気なことを言いながら

ニヤニヤ笑っていたりと………。

とにかく、毎日イライラしていた。

そんな俺が、可愛いがるまでになったきっかけは…………

兄貴から聞いた、咲の生い立ちだった。




俺の母親は、3歳の時に亡くなった。

それまでの俺は、貧しくとも母子二人で幸せに暮らしていた。

大好きな母がいれば、何もいらなかった。