基準値きみのキングダム



「森下は、もう帰る?」

「あ、うん」

「じゃー、一緒に帰ろ」




え……?




「深見くん、他に予定あるんじゃないの?」

「予定? ないけど」




きょとんとした顔の深見くんに戸惑うのは私の方だ。

だって、それじゃあ、近衛くんの誘いを断ったのは……。




『恭介、最近付き合い悪いんだよね』



近衛くんは私の責任がどうだとか言っていたけれど、もしその言葉が本当なら、深見くんはそういう場よりも私と一緒にいることを優先してるってことに────いやいや。




「今日さ、森下の家お邪魔してもいい?」

「へっ? なんで……」



妙なことを考えていたせいか、声が変に裏返った。



だって、深見くんが家に上がっていくのはいつも、買い物に付き合ってくれたついでで……。

こんな風に、何もないときに我が家に来るなんてこと、なかったから。



あからさまに動揺した私に、深見くんがくすりと笑う。




「京香と約束してんだよね。この前、絵本、途中までしか読んであげられなかったから、続きは今度なって。楽しみにしてるだろうから」




なんだ、京香か。

そうだよね。


深見くんが優先してくれているとしたら、深見くんにべったり懐いている京香のことだけだよね。




「そういうことなら、ぜひ」

「やった」




優しく下がった目尻に、勘違いなんかするわけない。


深見くんがこんな私のことを優先するなんてこと、起こりっこないんだから。