基準値きみのキングダム



「森下、足貸して」

「あ、あしっ?!」



訳がわからない。

言われるがままに右足を一歩前に出すと「そっちじゃない」と言われて、左足をそっと前に出す。

靴が脱げて、靴下のまま。




「森下は “鉄仮面” じゃねえだろ、全然。そんなんで鉄なら、世の中にある鉄全部、ぐにゃぐにゃで使いもんになんねーわ」



差し出した左足。


いつの間に拾ってくれていたのか、私が落とした上履きを、深見くんはまるでお姫さまにやるような恭しい所作で、キュッと履かせてくれて────。



「俺は、自分が関わる人間は、自分で決める」

「……」

「ってことで、森下に話しかけるの、やめないんで」

「っ、な、なんでっ?!」



跪いたところから、立ち上がって、膝についたほこりをぱんと払った深見くんは、涼しい顔して。



「森下のことが、気になるから」



飾り気のないストレートが、ど直球に胸のまんなかに飛びこんでくる。




「わ、私が困るんだけど……」




真っ白になった思考回路で紡ぐのは、相変わらずかわいくない言葉なのに、深見くんはなぜか満足げに口角を上げた。




「はは、せいぜい困ってれば?」

「!」

「けど、無視はなしな」




ほんとうに、困ったことになったかもしれない。


…… “困った” の裏側に、ひそかに忍ぶ、ふわふわした感覚にはそっと蓋をして、見ないふりをした。