「ふは、ありがとー。俺は王子なんかじゃないけどね」
「王子さまだよっ」
京香に優しく微笑みかける姿は、ほんとうに王子様だ。
わたしとかけ離れた、遠いひと。
「じゃ、また学校で」
深見くんが背を向けて、玄関を出ていく。
ぱたん、と扉が閉まってまた後悔した。これじゃあ、無理やり追い出したみたいだ。
早く帰ってほしかったわけじゃない、迷惑をかけたくなかっただけで────と頭のなかで反省会を開く。
かわいくない自分と向き合って、気づく。
「……あ」
私、この期に及んで、まだ言えてない。
『ありがとう』って、それを伝えたかった。そのために家に上がってもらったのに。これじゃあ、だめだ。
深見くんはたった今出ていったばかり。
今なら、まだ。
「……っ、ふ、深見くん!」
扉をガチャンッと乱暴に開けて、階段を降りようとしていた深見くんを追いかける。
「森下?」
深見くんはびっくりしたように目を見開いた。
勇気がなくなる前に、震える声をふりしぼる。
「あ、あの……その、今日はっ、ありがとう……」
「ありがとう? 何が?」
ぴんと来ない様子で首を傾げた深見くん。
「ありがとうは、その……色々の、ありがとう」
「ふは、なんだそれ。つか、それは俺の台詞だろ。ありがと」
「!」
「じゃ、また。おやすみ」
ひらひらと手を振って、深見くんが階段を降りていく。
タンタンと響く足音が消えてなくなるまで、私はその場に立ち尽くしていた。



