「……うん。ありがとう」
なんで杏奈がお礼を言うんだ、とちょっとおかしくなって、くすりと笑う。
首を傾げた杏奈に、なんか、込み上げてくるものがあって。
「好きだよ」
「っ、え? な、なんで……っ?」
目を白黒させる杏奈の背中に腕をまわして、そっと胸のなかに閉じこめる。
「言いたくなったから」
「っ、……ずるい」
そろり、と杏奈も腕を回してくれる。
きゅっとシャツを控えめに掴む感触が、たまらないなと思っていたら。
「……大好き」
呟く声が耳に届いて、いやずるいのはどっちだよ、と心のなかでしっかり突っ込んで、抱きしめる腕に力をこめる。
ああ、もう、かわいいな。
離れがたい、でも、帰らないと駄目だし。
ていうか、今杏奈の家には父さんがいるんだし、早く帰さないとさすがに良くない。
「じゃあ、また」
「うん、気をつけて。おやすみなさい」
「おやすみ」
葛藤の末に、腕をほどいて、夜道に足を踏み入れる。
いつか、帰る場所が同じになって、家のなかで「おやすみ」と言い合える未来を頭のなかで描いて、あまりに浮かれた妄想にひとり恥ずかしくなって、ふっと笑った。
END



