基準値きみのキングダム



「奈央、キリのいいところまで終わったら、夕ごはんにしよっか」




キッチンの方から杏奈の声がする。




「うん。あと5分くらい」

「わかった。じゃあ、豚汁あっためるね」




柔らかい声に誘われるように、腰を上げた。

足は迷いなくキッチンへと向かう。




俺がいたらドキドキして集中できなくて危ないからって、調理中にキッチンに立ち入ることを禁じられたのは、ついこの間のこと。

あのときの杏奈、わたわたしてて、マジでかわいかったな。




俺のせいで包丁で怪我でもされたら困るから、いつもちゃんと従順に「待て」しているけれど、出来上がったものを温め直すだけなら、もう大丈夫だろう。




「杏奈」

「……っ!」




背後から忍び寄って名前を呼べば、小さな背中がぴくんと震える。

素直な反応が、かわいい。




「っ、恭介」




振り向いてじわりと頬を染めて、俺を見上げる。

自制できず、腰をかがめて、ちゅ、と触れるだけのキスを落とせば。




「〜〜っ、いつも、きゅうに……っ」




ぽかり、と胸のあたりを殴られた。

全然痛くない、弱々しい力で。



だからそんなかわいい反応する方が悪いんだって、と開き直って肩を揺らせば、杏奈はむうと頬を膨らませる。耳まで真っ赤だ。